Author Archive

Author:
• 月曜日, 6月 03rd, 2013




「許してくれないと駆け落ちする覚悟よ」と、親をおどすセリフも、恋愛、同棲自由の世には少々、埃をかぶった感がある。
このことばは本来は戦陣用語で、武士が負け戦となり、駆けるように落ちのびることをさした。
江戸時代になると「欠落」と書き、今の法律用語の失踪と同じ意味に用いられた。
これは、年貢に追われたり、悪事などのために行方をくらます目的で、他郷に逐電した者のことをいい「欠落」の字は戸籍台帳から”欠け落ちる”ところからきている。
つまり、むくつけき男が逃げ落ちることもかけおち、といったのである。
相愛の男女が許されぬ恋を遂げようと、手をとって逃亡する場合にもつかわれるようになったのは、このころからのことだという。
江戸時代に駆け落ちをするということは、戸籍から欠け落ちる覚悟はもとより、追手に脅え、恋を貫くために死を賭して行うものだった。
こうした「駆落者」として、今に名をとどめているのが、歌舞伎の「道行」でおなじみの、忠兵衛・梅川。
そして、お軽・勘平である。

Category: 風習  | Tags:  | Comments off
Author:
• 日曜日, 6月 02nd, 2013




アテ馬(種つけのさい、牝馬が発情しているかどうかを澗べるために便われる罵)、穴場(馬券を売る窓口)、あんこ(経験のとぼしい新米騎乎)、いれる(馬が興奮して落ち着かないこと)、馬なり(追わないで馬の行くままに走ること)、馬っけ(牡馬の発情した状態をいう)、フケ(牝馬の発情)、追い切り(開催日直前の本馬場調教)、オ1プンレース(収得賞金による制限がなく、どの馬でも出走できるが、実際は最上級クラスの馬だけで争われる)、返し馬(誘導馬に先導されて一列に並んで本馬場に出てきた馬が、馬列を解いて思い思いの方向に徽ってゆくときの状態をいう)、カンカン(負担重愚)、カンパイ(スタートの切り直し)、キャンター(軽いかけ足)ギャロップ(全力疾走)、クラシックレース(明け四歳馬による桜花賞、皐月賞、オークス、ダービー、菊花賞をこう呼ぶ)、こずみ(動きがスムーズでなく、足の送りがぎこちないこと)

Category: スポーツ  | Comments off
Author:
• 土曜日, 6月 01st, 2013




競馬の起源は古く、ギリシャ時代にまでさかのぼる。
ホーマーの有名な叙事詩「イリアッド」に出てくる戦車競馬が、文献にあらわれる最初の競馬で、紀元前1000年の昔から行なわれていたらしい。
その後、古代オリンピックの競技種目に加えられてスポーツ化した。
しかし、現在のような近代競馬は、十七世紀ごろイギリスで始まった。
イギリスの王室は、歴代ほとんど例外なく熱心な競馬ファンで、それにならって貴族たちも、それぞれの持ち馬を競争させあって、優秀な子孫を育てようと努めた。
競馬が「キング。オブ。ザ・スポーツ」と呼ばれるのは、ここからきている。
競騰の花は、いわゆる五大クラシック(千ギニー、二千ギニー、オークス、ダービー、セントレジャー)。
日本ではこれを輸入して、桜花賞、皐月賞、オークス、ダービー、菊花賞と名づけている)だが、この体系が整ったのは19世紀初頭である。
それと前後して、競馬成績書(レーシング・カレンダー)が1773年以来毎日、また血統登録書(ゼネラル・スタッドブック)が1793年から4年ごとに、いずれも欠かさず発行されるようになった。
イギリスから競馬を輪入した国はすぺてこれに従っており、いつの時代のどの馬でも、成績、血統がわかる仕組みになっている。
日本で最初に洋式競馬が行なわれたのは、文久元年(1861)。
横浜の元町で外人が主体になって、シナ馬と日本馬によるレースを行なった。
明治6年には明治天皇が横浜でレーズをご観戦、賞品を出された。
明治天鬼は非常に熱心に馬産改良のための競馬を保護奨励された。
明治21年に初めて馬券が発売されたが、過熱しすぎて41年に発売禁止となり、大正12年に復活(馬券1枚20円で金持以外は手を出せないようにし、配当も十倍までに制限)、昭和7年の第1回日本ダービー(目黒競罵場)を経て、16年には戦前における最盛期を迎えた。
やがて戦争で中断、21年に再開され、今日にいたっている。

Category: スポーツ  | Comments off