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• 土曜日, 5月 04th, 2013




コニャックといえば、ブランデーの代名詞になっているほどその名は高い。

ご存知、フランスはコニャック地方でできるブランデーの呼び名だが、同地はまだブランデーの生誕の地でもあります。

そもそもコニャック地方でブランデーがつくられたのは17世紀の初め、土地の外科医が実験的に蒸留して売りだしたのが最初といわれています。

しかし、ブランデーが商業的ぺースでつくられ始めたのは1622年以後のことで、普適には1630年をもってブランデー誕生の年としています。

コニャック地方とブドウの関係はきわめて古く、シーザーのガリア征服以前からすでにブドウづくりが行なわれていたということです。

そこに酒好きのローマ人がやってきて、ブドウ酒をつくる習慣を残していきました。

その後、数百年の時がたち、13世紀にはコニャック地方のブドウ酒づくりは、イギリス宮廷に輸出するまでに成長しました。

だが17世紀に入ると、生産過剰に加え輸出の伸び悩み現象があらわれ、ブドウ酒がだぶつきはじめました。

捨てるに捨てられず、処置に困った生産者たちはしかたなくブドウ酒の蒸留・・・ブランデーづくりを始めたのです。

ところがこれが大当たり。

オランダ、イギリスへの輸出も急激にふえ、畑という畑はブドウ畑に一変するといったぐあいでした。

1630年ごろ本格的に始まったこのブランダーの製造は、それから1世紀近くたった18世紀初めには、「中級農家でさえ自醸ブドウ酒を蒸留している」ほどに成長しました。

また時のフヲンス王、ルイ14世は1713年に次のような勅令を発し、ブドウ酒蒸留保護の立場を明らかにしました。

「何人たるを問わず、ブドウ酒以外のいかなる物質からもスピリット(酒精のこと)を製造することを禁ずる」

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