Author:
• 木曜日, 5月 09th, 2013




ブランデーの階級については、以前、紹介した通りだが、このうちナポレオンとい名称はどうして起こったか。(ブランデーの階級序列 参照)

ヨーロッパ大陸のほとんどをその支配下に収め、「余の辞書に不可能の文字はない」と豪語したナポレオンにも、実は悩みがありました。

せっかく世襲皇帝制をつくり上げたのに、彼には世継ぎがいなかったのです。

1811年、ロシア遠征の前の年のこと。

ヨーロッバの空に青白い尾を引くすい星(コメット)が現われました。

古来、すい星は不吉な出来事の前兆とされていたので、人びとは、戦争や飢髄が起こるのではないかと心配しました。

しかし、案に相違して、 3月、ナポレオンの妃、マリー・ルイズにおめでた。

その時のナポレオンの喜びは、大変なものだったといわれています。

そのうえ、この年はまれにみる好天つづきで、ぶどうは空前の豊作、いわゆるビンテージ・イヤーでした。

以繭から、すい星の出現した年のぶどう酒は「コメット・ワイン」として珍重されてきたが、この年、1811年の「コメット・ワイン」を蒸溜してつくったブランデーは、ナポレオン二世の誕生にあやかって特に「ナポレオン・ブランデー」と名付けられ、珍重されてきました。

今日では、世界中に残り少なくなったので、市販されることはなく、わずかに個人の酒庫に1本か2本ずつ秘蔵されています。

現在、市販されているナポレオンは、これとは無関係だが、やはリブランデーの最高高級品を表示ずるマークとして使われています。

日本では、戦後一番乗りしたナポレオンが、クルボアジェー社の黒くくすんだ瓶であったため、それが唯一のナポレオンだと思いこまれたが、これは問違いです。

また一説には、1810~1820年製のビンテージを、ぱく然と「ナポレ才ン・ブランデー」と称するともいわれています。

Category: お酒  | Tags:
You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Both comments and pings are currently closed.

Comments are closed.