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• 日曜日, 5月 12th, 2013




冷房のはじまりはなんだったのでしょうか。

うちわ、縁台将棋、いや、四畳半に播れるかや…

まさにズバリ。貸しかやというサービスがありました。

明治の中ごろのことです。

当時サービス競争で、官有鉄道をしのいでいた山陽鉄道(後に国鉄に買収されて山陽本線となる)では、一・二等夜行列車のお客さんに貸しかやをしていました。

窓を開けて自然の冷房を利用するので、カが入ってくるのを防ぐためだが、明浩の鉄遵は風流でした。

同じ商亮に貸しブトン、貸しマクラというのもあったそうです。

それはさておき、本格的な冷房は、昭利11年に初めて登場した特急「つぱめ」の食堂車が第1号。

われわれが注射するとぎ、アルコールを腕にぬると、皮膚がヒヤリと涼しく感じます。

冷房装置も、媒体とする液体が気体に変わるとき生ずる気化熱で、あたたかい空気の熱をうばって冷やそうという仕組みです。

鉄道車両では、電気冷蔵庫と問じくフレオンガスを媒体にして、圧縮機で液体に圧縮、小さな噴出口から吹き出させて気体に変え、このときの気化熱を利用しています。

原理は簡単だが、圧縮機を回す動力をどうするかが、この装置のアイデアでした。

「つばめ」は、列軍が走るときの車軸の画転から発電機を回して電気を作る「自力本願型」でした。

これだと運転中はしごく調子は良いが、停車すると大変。

一分聞に室温が一度あがるというシロモノでした。

冷房の雑学をもう一つ。

敗戦後の昭和21年、米軍専用の寝台車や食堂車に、一冬で冷房をつけよ、という命令がきたと思っていただぎたい。

作業も昼夜兼行。

そこである係員が、こっそりと酒を調達してきました。

「腹の中を暖房にして、冷房装置をとりつけよう」と、酒の不自由な時代のこと、愛酒家はよろこんでイタダキ。

ところが翌日になって目がかすんできました。

酒の出所を調べると、なんとこれは車両の暖房装置に使っていたアルコールだったのです。

笑えない話です。

Category: 風習  | Tags:
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