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流行歌 | 誰かに話したくなる雑学

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• 火曜日, 4月 23rd, 2013




そもそも「演歌」とは、明治初期の民権運動の産物です。

民権論者のマスコミュニケーションは、まず演説でした。

ところが当時は、ちょっとでも政府を批判すれば、たちまち臨場の警官が「弁士中止!」を叫び、その次は検束されました。

そこで、これに代わる方法として、街頭に出て歌をうたうことを思いついたのです。

つまり「演説」の「説」を「歌」に代えて、ここに「演敏」が誕生しました。

久田鬼石、添田唖蝉坊などがパイオニアで、明治15年ころの「ダイナマイトドン」が、その第一声でした。

歌のあとザラ紙に刷った歌本を、一部一銭で売ったが、聰衆は争って買ったそうです。

印刷代が2厘くらいだったから、もうけは莫大でした。

それが民権壮士の生活費や運動資金となりました。

彼らの歌は「壮士演歌」と呼ばれ、その後「壮士節」になったが、やがてこれ苦学生たちの「書生節」となり、最後は演歌を職業とするものだけが残って「演歌師」の名が生まれたわけです。

一方「艶歌」という言葉が生まれたのは、明治40年頃からです。

当時若手の演歌師であった神長瞭月が、浅草の帝国館の楽土、高橋孤舟に頼んでバイオリンの手ほどきをうけ、バイオリンをもって街へ出ました。

自作「残月一声(捨子の歌)」を弾いたわけだが、これによって書生節の様相が一変し、演歌師にバイオリンはつきもののようになりました。

そこでバイオリンを使った歌を「艶歌」と命名したわけだが、演歌を硬派にすれば、艶歌は軟派ともいえます。

とにかく、初期の演歌は、政治、外交、社会の時事を扱う「歌う新聞」でした。

だが、昭和になって「歌」をレコードに奪われてからの演歌師は、夜の盛り場をうたって歩く移動楽士、つまり「流し」となり、性格も金く別なものとなりました。

現在使われている演歌調とは、浪花節的、あるいは泣き節的な日本調の歌の代名詞に使われているのです。

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• 火曜日, 4月 23rd, 2013




近代的な流行歌第1号は「宮さん宮さん」です。

慶応4年(明治元年・1868)3月に薩長土肥の官軍が錦の御旗を押し立てて、東海・東山両道から江戸に向かって進撃する道々うたったものです。

したがって日本の「マルセイエーズ」ともいえるわけで、軍歌の第一号です。

現代の流行歌第一号は、大正三年、島村抱月の芸術座が帝劇で上演した「復活」の劇中歌「カチューシャの唄」です。

松井須磨子が舞台でうたって大ビット、翌年レコードに吹込みました。

ともかく流行歌で初めてステージでうたわれた記念すべきもので、女優松井須磨子はまた「流行歌手」第1号でもあります。

流行歌のスタンダード・ナンバーとして、現在も広く演奏され、うたわれている「船頭小唄」は大正10年ごろからはやったが、歌の大ヒットに目をつけた松竹が、当時新人女優の栗島すみ子で映画化し、たった4日間でとりあげたが、映画も大ヒットし「小唄映画」と呼ぱれる流行歌の映画化第一号となりました。

これにつづいて作られた「籠の鳥」も同じケース。

大正時代のレコード会社は中小企業だったが、昭和の初め外国の大資本による近代的なレコード会社、ビクター、コロムビア、ポリドールが発足しました。

それまで演歌師によって広められた流行歌は、これからレコード会社の企画によって生まれるようになったが、その企画流行歌ヒット第一号が昭和三年暮れに発表された「君恋し」です。

つづいて翌昭和4年5月に発表された「東京行進曲」は、映画主題歌の第1号となりました。

これは雑誌「キング」に連載された菊池寛の小説を日活が入江たか子で映画化したとき、ビクターとタイアップして作ったものです。

このほか、甘ったるい「ネエ小唄」のトップは「愛して頂戴」(昭和4年)、「股旅もの」元祖は「沓掛時次郎」で、長谷川伸の原作を日活が大河内伝次郎で映画化したときの主題歌です。

原作者自ら作詞し、長俗川伸の唯一の流行歌として珍しいものです。

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