じゃがいも大王 フリードリッヒ

じゃがいもは昔、弘法大師が唐(中国)から持ち帰ったとか、いや織田・豊臣時代(1573年~1614年)に、ポルトガル人が長崎に持ってきたのだともいわれている。

何千年も前から、南米のチリやペルーなどで作られていたのは事実で、チリが原産地とみられている。

それを、16世紀のころ、スペインの探検家フランシスコ・ピサロが、 スペインへ持ち帰ったのが、世界に広まるもとになったらしい。

だから、弘法大師説はいささかあやしげではある。

スペインにもたらされたじゃがいもは、やがて ヨーロッパ各地へと広がって、ドイツへ渡ったのは1550年ごろとみられている。

ドイツでは1618年から1648年まで、例の「三十年戦争」が起こった。

このため、国内の田畑は荒れ て、食糧が不足したが、この時小麦でつくるパンにかわって、ドイツ国民を飢えから救ったのがじゃがいもだった。

その後、じゃがいもは毒のある植物だという迷信が広まり、あまり作られなくな ったが、1740年ごろフリードリッヒ大王は、 国内各地をまわり、自分から進んでじゃがいもを食べ、大いにPRにつとめた。

それ以来、ドイツ 人はじゃがいもをよく食べるようになり、フリー ドリッヒ大王は「いも大王」と呼ばれた。

わが国では、1706年ごろ、北海道後志国 (しりべしのくに)の松兵衛さんという人が植えたという記録があり、本州では1765年ごろ、 甲斐国 (かい のくに)で中井清太夫という役人が、農民にじゃがいも栽培をすすめたといわれている。

じゃがいもはカロリーが高く、主食にもなるし、アルコールの原料にもなる貴重な植物。

フランスでは「地のリンゴ」といわれるくらいだ。


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