なぜ1ドルは360円だったのか

昭和四十四年ごろから、円の切上げ論議がさかんである。

その理由の一つに、わが国の国際収支の黒字増 大、外貨準備の急増があげられている。
外貨準備高が六十億ドルを越えるようになれば、円の切上げを行なうべきだというのである。
また、ド ルの価値がさがってきたので、この際、円を切上げるべきだとの論もある。
さらに、世界主要国の 平価調整が一巡したので、こんどは円の番だという説もある。
すなわち、四十二年十一月のポンド 切下げ、四十三年三月の金の二重価格制の採用、 そして四十四年におけるフランの切下げ、マルクの切上げをいうわけだが、だからといって、日本の円も切上げるべきだという主張には、賛否両論 があるようである。

ご存知のとおり、戦前は一ドルが四四二十六銭 だった。
つまり、百円が二十三ドル四三七セント だったわけだが、戦後は、敗戦とインフレで円の値段がマチマチだった。

たとえば、輸出では顕微鏡の一ドル百九円から 始まって、X線用フィルムの一ドル千七十八円まで。
一方、輸入では屑皮の一ドル九円から、アセトンの一ドル千百七円という相場もたった。
それとそ利権屋の跳躍次第で、いかようにも決まった 状態だったのである。

そこで、昭和二十四年二月、日本経済再建のため来日したドッジ特使が、大ナタをふるって為替 相場の一本化を行ない、一ドルを三百六十円と決 めたのである。

ではどうして、三百六十円と決まったのか。
むろん、当時はGHQが絶対の権限をもっていた。
GHQからいっさいをまかされたドッジ特使を中心に、あれこれ議論を重ねたが、なかなか決まらない。
そこで特使随行の某が「いったい、円とは何か、円はマルではないか、これを数学的に分析してみると、マルは九十度を四つ合わせたもの だ。それなら一円を三百六十円とすればいいではないか」といったという。
ウソみたいなホントの話しである


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